そらもよう

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完璧なアリエッティなど存在しない

2010年08月11日 · コメント(0) ·

先週スタジオジブリの最新作「借りぐらしのアリエッティ」を観てきました。
あ、タイトルはまたホッテントリメーカーです^^;

ストーリーについては後ほどゆっくり語るとして、小人と人間の世界の大きさの対比や色づかい、音といった表現がとても綺麗で、ジブリらしさがよく出ていたと思います。

風に揺られる葉っぱやアリエッティたちが草に隠れて移動するときの草の動き、人間の家に“借り”に行くときの「そこをそうやって通るのか!」ってあたりは本当にワクワクしました。

小さい子だったら「もしかしたらここがアリエッティのおうちにつながってるかも…」と家に帰ってあっちこっち覗き込むと思います(笑)

以下ネタバレが混ざるので、一応閉じておきますね。


ストーリーはわたしの解釈だと3部構成で、前半はアリエッティたちの借りぐらしの様子、中盤は同族しか見えない人間の視野の狭さの指摘、終盤はピンチに陥ったアリエッティが少年:翔に助けを求め、一緒に危機を乗り越える話、と大まかに分けられます(ここはぎりぎりネタバレ回避できたか?(笑))

観終わって「面白かったんだけど、うーん…」と感じたのは、中盤が弱いかったからだと思うんですよね。

中盤は…

(以下思いっきりネタバレ。いやな人は回避してね)

心臓が悪く、常に“守られる存在”だった翔は、アリエッティに出会い、自分も誰かの役にたちたいと思う。そして翔の考えるアリエッティたちに役立つことをやってみるが、人間に見られたら引越ししなければならないアリエッティたちにとっては人間に存在が知れたことの証明にしかならない。引越しが決まり、アリエッティは翔に文句を言いに来るが、そこで初めてお互いのことを知る。翔はアリエッティたちを「滅びゆく種族」と言い、それに対し自分達の存在を「人間が知らないだけだ」反発した彼女を見て、翔は人間の傲慢さ、己の行動の身勝手さに気づく。

ここの流れがちょっと弱くて、自分の基準で判断・行動することが、相手にも同じ結果を生むとは限らないと学んだ翔が、終盤の“アリエッティから頼りにされた”時の喜びとか、彼らの存在がバレないようそっと元通りにするとことかがイマイチ盛り上がりに欠ける気が…。

それで、終盤のピンチでもめげずに何とか乗り越えようとするアリエッティの姿に励まされた様子がもっと描かれてもいいと思うんだよなー。まあ主役はアリエッティだろうから翔の扱いが軽くても仕方ないんだけどね。

でもその辺もっと描くと時間内に収まらなかっただろうし、スケジュールも厳しかったそうだからばっさりカットしたのかもしれないよね~。

そうそう、パンフレットみてて気づいたんですが、小人のスピラー役の声優が藤原竜也さんだったんですね。ほっとんどしゃべらない役なのに、藤原竜也をもってくるなんてさすがジブリ。

ということで個人的にストーリーは食い足りなさを感じたけれど、全体的にはとてもよかったと思います。

東京都現代美術館の「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」も観に行く予定で~す。

カテゴリー :01.日常のこと
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